高麗門は日本の城や寺院建築に用いられる門の形式の一つです。
鏡柱と呼ばれる2本の本柱に切妻屋根をかけ、これと直角に控柱を本柱の背後に立てて切妻屋根をかけたもので、城郭の外門などに多く見られます。
高麗門は、文禄・慶長の役が行われた1592年から1598年の間に造られ始めた城門である薬医門の構造を簡略化したもので、屋根を小ぶりにして守備側の死角を減らす工夫が施されました。 江戸時代以降には、城郭に限らず神社仏閣や町の出入り口を仕切る木戸門などとして多く築造されています。
薬医門の構造を簡略化しつつも、防御性と威圧感を兼ね備えた門として、多くの城郭で採用され、 江戸時代以降には、城郭に限らず神社仏閣や町の出入り口などにも多く築造されており、日本の建築様式の一つとして定着しています。