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遠江
諏訪原城の見どころと歴史、御城印・スタンプを紹介!―武田式築城術の丸馬出がよく残る城
諏訪原城は、武田勝頼が久野城・掛川城を牽制し、高天神城攻略のための陣城として築いた城。高天神城が武田氏の手に落ちた後は、高天神城への兵站基地として使用されました。 諏訪原城を徳川家康が奪い取ると、諏訪原城は今度は駿河侵攻のための前線基地と... -
遠江
横須賀城の見どころと歴史、御城印を紹介!ー高天神城の戦い時の家康本陣
横須賀城は、約6km東にある高天神城を奪還するために家臣の大須賀康隆に命じて築かせ、高天神城の戦いで家康が本陣をおいた場所。 別称松尾城城地平山城城郭形式連郭式最初の城の築城者大須賀康隆最初の城の築城年代1581年 本来であれば高天神城落城ととも... -
遠江
高天神城の見どころと歴史、御城印・スタンプを紹介!―武田と徳川が激しい争奪戦をした城
今川氏が弱体化した後、徳川氏と武田氏による激しい争奪戦が行われ、武田勝頼が敗北したことによって家臣たちから見限られるきっかけとなった城です。 いつ頃なのか、「高天神城を制するものは遠州を制する」とまで言われるようになった要衝の城です。 別... -
遠江
掛川古城(天王山城)の見どころと歴史を紹介!―掛川城の戦いでの家康本陣
掛川古城こと天王山城は、掛川城の前身となる城であり、掛川城の戦いの際に徳川家康が本陣を置いた場所です。 別称天王山城城地平山城城郭形式連郭式最初の城の築城者朝比奈泰熙最初の城の築城年代1473~1475年の間 今川氏真は武田軍に駿府館を逐われ、家... -
遠江
二俣城の見どころと歴史、御城印を紹介!―家康長男信康が自刃した難攻の城
今は川の流れが変わってしまっていますが、天竜川と支流の二俣川に三方を守られた天然の要害。標高90mの台地上に城があります。 北遠の玄関口で、交通や軍事上の要衝でした。 浜松城から北北西約18km、かつては天竜川の流路の一つであった馬込川を通る水上... -
城の基礎知識
「城」と「天守」は役割も意味も違う!その違いはなにか?
日本の歴史や建物で「城」という言葉はよく耳にします。「天守」についてはどうでしょうか?◯◯城はあっても◯◯天守はなく、たいてい◯◯城天守となっているのではないでしょうか? 「城」と「天守」はよく混同されがちですが、実は以下のような明確な違いがあ... -
遠江
掛川城の見どころと御城印・スタンプを紹介!―二の丸御殿が現存する城
東遠江の中心地であり、東海道を押さえる位置、小高い丘陵の南西端にある平山城。 駿府城を逐われた今川氏真が逃げ込んだ城であり、山内一豊が中世城郭から近世城郭へと改修した城で、二の丸御殿が江戸時代から現存していることで有名です。 日本初の『木... -
城の基礎知識
層塔型天守と望楼型天守は何が違う?見分け方は?
城に天守が登場するようになったのは、戦国時代が終わりかけた安土桃山時代。織田信長が建てた安土城が天守の始まりだとされています。 安土城以前の城に、天守はありません。「城」=「天守」でもありません。 一口に天守と言ってもさまざまな外観をして... -
遠江
曳馬城(引馬城・引間城)の見どころと歴史を紹介!―浜松城の前身の浜松古城
浜松城のすぐ近くには、かつて曳馬(引馬・引間)城と呼ばれた古城がありました。 城地平山城最初の城の築城者巨海新左衛門尉最初の城の築城年代? 広さ約3,000平方メートル、高さ10mほどの丘陵。 徳川家康が遠江の領主となった時、防御の観点から曳馬城か... -
城の基礎知識
現存天守、復元天守、復興天守、模擬天守の違いって何?
日本の城は、明治時代の廃城令により多くの城が取り壊されてしまいました。 明治の廃城令を生き延びた城でも、第二次世界大戦による空襲などで失われてしまった天守が多くあります。 それらの試練を乗り越え、江戸時代の姿を維持している天守は現在12城。...
