『どうする家康』第4回はのタイトルは「清須でどうする」。
松平元康(松本潤)は信長(岡田准一)が待つ尾張・清須城へ向かった。幼き頃に織田に捕らえられていた元康は、信長から再会のあいさつ代わりに相撲の相手を命ぜられる。くせ者・木下藤吉郎(ムロツヨシ)や信長の妹・市(北川景子)を紹介される中、信長から盟約を結ぶ代わりに、驚くべき条件を提示される。一方、駿府に残された元康の妻・瀬名(有村架純)は、今川氏真(溝端淳平)から元康と離縁して、自分に仕えろと迫られる。
舞台は戦国時代。当然のことながら多くの城郭たちが物語には登場します。
本記事では『どうする家康』第4回に登場する城郭たちを紹介し、物語の背景などを城郭の観点から補足解説いたします。
『どうする家康』第4回に登場する城郭たち
- 清州城
- 岡崎城
- 今川館(駿府城)
- 大高城
- 沓掛城
- 丸根砦
岡崎城
オープニングは岡崎城からはじまります。
清州城へ織田信長に会いに行くのだけれども、その前に失礼のないように家臣たちに練習をさせられている元康。緊迫した場面ですが、背後で使用人たちがほのぼのとした日常生活の動きを見せているのがほっこりします。
清州城
伯父の水野信元に案内されて、清州城に到着した松平信康と家臣たち。
当時に清州城がCGで再現されていました。
CG再現された清州城に対し、
といったさまざまな批判意見が飛び交っていました。
紫禁城とか言われていましたが、私の考えは下記に近いです。
ファンタジーと揶揄された清州城ですが、一方で発掘調査に基づいたちゃんとしたCG再現との噂もありました。
歴史は所詮、ファンタジーでしかない。だから面白い!
現在の清州城の城域は、鉄道に分断されています。本来の天守は半分鉄道の下ですし、今ある天守は全く違う場所に建てられた模擬天守です。
現在の清洲城
立派な天守が建っているように見えますが、本来の場所ではありませんし、清洲城に天守が建ったのは織田信雄の時代。
信長の時代に天守はありませんし、この時代の清洲城は方形の守護館で正しいのです。
お市の方に清須を案内される元康
清須を見下ろせる山に案内され、清須の発展ぶりに驚く元康。
かの小牧山城から美濃を攻める
お市様はそう言って、右から左の方へ指を指しました。しかし、
Google mapで探したけれど、清州城が左に、小牧山城が右、さらに美濃が左に来るような場所は海側になるような場所に、山なぞない!
お話としては面白いのですが、さすがにこれは突っ込まずにはいられませんでした。
今川館(駿府城)
駿府では、松平元康が今川を裏切って織田についたことを関口親子が今川氏真が責められていました。
屋敷の奥に池のある中庭が見えます。
駿府城の発掘調査で、坤櫓近くから今川時代の池の跡が見つかっているので、坤櫓近くにこの屋敷があったという設定なのかもしれません。知らんけど。
坤櫓について、詳しくはこちらをご覧ください。
大高城・沓掛城
大高城と沓掛城は回想シーンで一瞬だけ登場します。
第4回「清須でどうする」あらすじ
乱世とは、誠に愉快な世であることよ。力さえあれば、何でも手に入る。どんなに大きな夢も描ける。愉快この上ない。ただし、「男」であればな。
豊臣秀吉こと木下藤吉郎の初登場回。三英傑が出揃った回です。
- 松平元康
- 酒井忠次
- 石川数正
- 鳥居元忠
- 鳥居忠吉
- 平岩親吉
- 織田信長
- 水野信元
- 本多忠勝
- 柴田勝家
- お市の方
- 木下藤吉郎
- 瀬名
- 今川氏真
- 関口氏純
- 巴
- 今川義元(回想)
- たね
- 大久保忠世
- 岡部元信
- 鵜殿長照(回想)
岡部元信がどの場面で登場していたのか、よくわかりませんでした。
- 元康は家臣たちとともに清州城へ信長に会いに行く
- 柴田勝家に宿所を案内され、世話係として木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)に出会う
- お市の方に清須を案内される
- 今川館では今川氏真が関口氏純と瀬名に元康が裏切ったことを問い詰める
- 織田と松平で同盟が結ばれる
清洲城にて
同盟文を読み上げたのは柴田勝家。三英傑+柴田勝家が揃った場面
今川との処し方について、元康は和議を結びたいと申し出るも、
情で自らを滅ぼすな。いまだ白兎か。今川を滅ぼせ!
駿府には元康の妻子が人質として取られているがゆえに、その点だけが納得できない元康。その後、今川と戦う決心をすることになる事態に。
幼き日の竹千代とお市
このときの竹千代が放った言葉をずっと信じていたお市様。この語の展開の伏線になっています。
人質時代の竹千代がお市の方と会ったことがある記録は、たぶんありません。ないからこそ、会ったことにした脚本なのでしょう。
大切になさいませ。兄上が心から信を置けるお方は、あの方お一人かもしれませんから。
第4回「清須でどうする」の感想
清須近くの川で水泳練習をする信長とその家臣たち。
そもそも尾張に岩がゴロゴロしているような川なんてないぞ!
天竜川でロケをしたとのこと。天竜川の上流なら、このような場所はあります。
しかし木曽三川の下流域に広がる尾張地方にこのような場所があるかと問われたら、「ない」の一言ですね。
関口氏純の妻
私は、今川本家につながる身ですよ。
瀬名の母、巴の出自については2つあります。
- 今川義元の伯母あるいは妹
- 今川家に人質に取られた井伊直盛の娘で、一時義元の側室となり、その後関口氏の妻となる
『どうする家康』では①を、『おんな城主直虎』では②を選んでいますね。
『おんな城主直虎』の系譜が頭に残っていた私は、一瞬???になりました。
今川家を立て直そうと頑張る氏真だけれど、やることなすこと臣下の心が今川家から離れていることばかりしていますね。
氏真が瀬名にしたことに対して怒った元康が
今川領をことごとく切り取り、今川を滅ぼしまする!そして、我妻と子をこの手で取り返しまする!
だなんて、白兎の顔を虎顔にして、信長に対して宣言させちゃうんだから。
ものの見方「桶狭間の戦い」
桶狭間の戦いには当時書かれた一次資料が残っていないため、わかっていないことが多くあります。
今川義元を討つために行った織田軍の作戦行動を、「ものの見方」として解説していました。
腰が重くてなかなか動き出そうとしない今川義元を誘い出すために行った信長の作戦。
- 大高城周辺に砦を築き、大高城を攻めるが決して落とさない
- 松平軍が兵糧入れに来たときは、適当にあしらって兵糧入れを成功させる
- 気を良くした今川義元が誘いに乗って動き出す
- 罠にハマった義元の首を取る
そういう考え方もあるのかと、すごく面白く見れました。じゅうぶん有り得そうですし。
桶狭間の戦いの戦略を説明する木下藤吉郎
小道具を使って、桶狭間の戦いにおける大高城周辺の戦略を説明する場面で、藤吉郎が右手に持って今川義元を表現している小道具。
今川義元の家紋に似ている!絶対狙っているだろ!そうとしか思えん!
そう感じた人は、私だけではないはず。
今川義元の家紋「赤鳥」
櫛の垢をとる「垢取り」から「赤鳥」になったとも言われる家紋。
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